前回はLongさんの退職が我が家に思いも寄らぬ幸福をもたらした、というところで終わった。
その幸福とはいったい何なのか・・・・? またどうせくだらないことなのか・・・?
ヤクザ臭漂うA氏の会社のなんとなく水商売あがり風の女性営業チーママBにつれられて、後任の運転手パットさんがオフィスに来た。30過ぎの典型的タイのやさ男、試合前のキックボクサーのような顔をしている。今度のヒトは性格は大丈夫ですか、と本人の前ではあるがチーママ営業に聞いた。すると、絶対大丈夫です、保障します、と異常なまでに強気で言った。このキックボクサーは運転手になるまでは幼少のころからずっとお坊さんとしてお寺で修行していたらしい。チーママと話している間始終、ニコニコしている。お坊さん上がりならば他よりは信頼できそうだな。タイのお寺の戒律はきびしいからそれに耐えてきたということは貧しさや煩悩には強そうだな、と期待が持てる。
その後、仕事が始まりかーちゃんからのキックボクサー、パットさんの評判はすこぶるよい。感じがよい、道をよく知っている、割り込み運転が小気味よい、子供に愛想がいい、荷物をすすんで手伝ってくれる、などなど。おかげでかーちゃんの機嫌もよく家庭円満だ。
しかし、このくらいでは我が家に幸福が来たなどとは騒ぐほどのことではない。こちとら、お金を払ってるんだ、快適な運転手のある生活は楽しませてもらうのが当たり前だ。お金を払っても、気を使ったり不快な思いで後部座席に座らなければならないほうがおかしいのだ。ワレは厳しいのだ。
私はLongさんが退職した理由がずっと気になっていた。残業が少なくて給料が安すぎます。暮らしていけません。うーん、こんどのパットさんもまたすぐに、同じことをいうのであろうか、でもとはいえ、ほいほいと残業を増やしては、私の家計からその分減っていく。ウチの家計と運転手の家計は直結しているのだ。あちらの収入増はこちらの支出増、そんなに無理に残業を増やしてやることもできない。必要ないときにまで残業をさせることなどできない。でも残業が少ないとまた運転手が辞めていく…、うーん困った。
そこで、一丁会社に泣きついてみることにした。そもそも、普段は残業代をケチって運転手だけ先に帰しているのだから、残業をさせるときは客の接待で遅くまで飲み回るときだけ。ということはこれって業務用交通費じゃんよー。接待客を乗せて自分で飲酒運転するのはまずいっすよねぇ。他社の外国人駐在員はほとんど運転手供給しているんだから、ウチは何とか、会社に運転手の残業代だけでも負担してもらうう分けにはいかんですかねぇ、とタイ人の共同経営者に単刀直入に言った。というかジワジワじとじとと言ってみた。実は昨年一度トライ済みで、その際は、他のExecutiveにも運転手をつける訳にはいかないから、と合意を得られなかったのだ。今回はこれまでの運転手ストーリーの総集編を含めて切々と残業代の有無による運転手の給料およびモチベーション維持に対する影響および我が家計への打撃について語った。
するとどうでしょう。なぜか今回はパートナーは、
「うんうん、そうだよねぇ。残業代は会社払っていいよねぇ。ついでにこの際、あんたの運転手は会社が雇うことにしちゃおうか。思い切って。」
「えー、マジすか。いいんすか。ほんとっすか。残業代つけ放題っすか。」
「つけ放題ってぇのは言いすぎだが、まあよしでしょう、ふぉっふぉっふぉっ。」水戸黄門のように誇らしげに笑った。
かくして、我が家に思いがけない幸福が訪れた。長らく家計を苦しめていた運転手給料がすべて会社持ちとなったのだ。しかも残業代を十分払ってあげられることにより、運転手の勤続意欲も向上、運転態度にも好影響、かーちゃんもご機嫌、一家団欒家庭円満。言うことなしの状態になったのです。
これもキックボクサー顔のパットさんが長年積み上げた徳のもたらした幸いでしょう。パットさん、明日もあさってもバリバリ残業、よろしくね。 終わり