先般、ある読者の方に私の文章にタイを見下している不愉快な部分があるぞ、とスルドク指摘された。自分は心から愛していると思っていた女性のことを、「君は本当は彼女を愛していないんじゃないか?」と言われてズキンとくるような感覚だった。タイは日本より物価が安くて暮らしやすいなぁ、と思う心には、タイは日本より貧乏で後進国だから金持ち先進国の日本人は羽振りよくエラそうに豪遊できるぞ、という感覚が微塵も含まれていないか、と聞かれると黙るしかない。つべこべ言わずに反省しよう。
さて、運転手さんシリーズの第3回目だが、一人目のシットさんが辞め、その紹介でペットさんが来る事になった。英語は自分より全然上手です、とシットさんが言っていた。面接ではまぁ片言でなんとか通じるな、と思ったのだが、かーちゃんは英語の会話がほとんど成立しないと言っていた。考えてみると、うちのかーちゃんも片言の英語なのだから、片言x片言=1/4言となり、10のうち3つも通じないのは当たり前なのだ。(この数式は言語学的に正しいのだろうか?)しかし今思うとそれでもペットさんが一番会話は楽だった。
清潔で好青年っぽかったシットさんに比べるとオッサンくさく頭も薄めでよれよれ服がだらしなく、見栄えはぱっとしないのだが、それでも問題なく日々の送迎はこなしていて普段は問題なかった。運転の技も結構イケており、タイで不可欠な無理な割り込み、追い越し、押しのけの運転が小気味よく、道もよく憶えてくれた。
ある日、パタヤ1泊出張があり、初めて運転手さんに乗せてもらってくるまで出張した。片道2時間かからないほどの道のりだ。ホテルでの会議だったので朝到着してから翌日午後に帰るまでは彼はまったく用事が無い。よって、1000バーツほど渡して、電話で呼んだらホテルに30分以内に迎えに来れるところにいてくれれば、何をしてても何処に泊まってもいいよ、と初日朝に開放してあげた。たまに海やプールででも遊んでくれていればいいと思った。
ところが、やってくれました、予想外のことを。
翌日帰る時間になって、携帯で呼んだ。10分で着きます、との事だったのでホテルで待っていたのだが、どんどん連れが帰っていくのにペットさんはこない。30分待って電話したら、道に迷ってしまったという。でももうすぐ着きますから、と結局1時間ほど待たされてようやく到着した。タイ人には多いのだが、さほど悪びれず、ヘラヘラしている。まぁ、しかたない、といらつきを押さえつつ、急いで帰るぞ、と車に乗った。昨夜睡眠不足だったので、私は帰りの車で寝ようと思っていた。これが運転手雇用の醍醐味よ、と密かに嬉しかった。
ところが、ペットさんはいつもはあまりしゃべらないのに、初めての長距離ドライブということで嬉しいのか、なんやかやしょうも無い事をしゃべりかけてくる。たまに、ガハガハ笑う。そしていつもに比べてかなりキワドイ運転をする。適当にこたえていると今度は急に無口になった。そして、車間距離が近くなったり左右にぶれることが何度かあった。何かヘンだぞ、とよく見ていると、い、居眠り運転だ! おい、ペットさん、寝るなよ、頼むよ、危ないよ、と眠気を覚ます勢いで注意したら、お、おーSorry、もう大丈夫です!と、数分走った。そして、まだガソリンはあるのにガソリンスタンドに止まった。すいません、やっぱり眠いので10分ほど仮眠していいですか? 安全のためには無理な運転は禁物、さすがプロだな、偉いぞ、と思った。結局20分ほど仮眠し、顔を洗いに行き、さぁ出発と言う時に、ぼそりと言った。
すいません、実は昼食のときにちょっとビールを飲んじゃいまして、でも、もう覚めましたので行きましょう、とまたヘラヘラと言った。い、飲酒運転かよ!もう、まったく、と思いつつ、確かに真っ赤な目をしたペットさんの運転はまた始まった。眠気は覚めたのだろう、また、うっとうしいおしゃべりが始まった。俺は寝たいんだよ、でも待てよ、ここで俺が寝ると、二人で居眠り→事故→天国、おいやめてよ、俺は事故防止のために睡魔と闘わなければならなんのか、おしゃべりを続けなきゃならんのか、出張手当を余分に払いながら何で…、と泣きたい気分で力なく相槌を打ち続けた。さらに、ヘラヘラしながら運転が非常に乱暴になった。何度か危ない!と思わずのけぞるシーンがあった。こいつ、相当飲んでるぞ。ペットさん、危ないから安全運転にしろ、車間距離開けろ、もっとゆっくり走れ、とガツンガツン注意した。それでもヘラヘラとまたしゃべり続ける。
しゃべり続けてくれる方がまだ良かった。そのうち、会話が途絶え出したのだ。あれ、あれれ、あれれれ、おい、ペットさん、今寝てなかったか? エッ、イエ、ダイジョブ、ダイジョブ…。
大丈夫ではなかった。段々夕暮れになるにつれ、今度は先ほどの超アグレッシブな走りから、ふらふら運転になり、前の車の減速で車間が詰まり急ブレーキ、のパターンになってきた。やばい、居眠りだ。危険を感じて眠気は吹き飛んでいた私が今度はべらべらしゃべるしかなかった。しかし、ペットさんの相槌が時々かえってこない。
そして、ついに衝突寸前の急ブレーキが起こった。ついに私はキレた。てめぇ、このやろ、お前はプロだろうが!昼真っから酒飲むんじゃねぇ。お前の運転にはもう乗ってらんネェ、降りて運転替われ、俺が安全運転を叩き込んでやる!! 彼はさすがの私の剣幕にびびって、ヘラヘラが無くなり、平身低頭モードになった。後30分程度で到着するあたりだったが、もう自分で運転する方がはるかに気が楽で安全だ。怒り心頭になりながら、いいか、車間距離はこのくらい保っとけ、追い越しの時はここでがーっと加速するんだ、ウインカーは早めに出しとけ、とか言いまくった。
助手席に座った彼は神妙な姿で、か細く、Yes, Yes,と相槌を打っていた。そしてまもなく、イビキをかきだした。。。。。。
トホホの雇用主は、助手席ですやすや眠る運転手を横目に、いかなるペナルティを科すべきか、むらむらと考えながら家路を急ぐのであった。
さて、次回は、これでもクビにはならなかったペットさんの辞職、そして現役運転手ココさんのお話です。では、また来週。
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